伝統とモダンを融合させた宗教建築
坂道の庫裡 設計:田中賢二/施工:藤原幹也/大工:中西正
住宅建築で培ってきたものをお寺の「庫裡/客殿」に活かした建築
本殿の造営に伴う、「庫裡/客殿」の新築をきなりの家に依頼されたご住職。来客をもてなす場としての「客殿」には伝統的な日本建築の様式が用いられた中にも、さり気なくモダンが配されており、風格と現代的な心地よさが共存している。一方で、ご住職のご家族が生活を営む「庫裡」は、和のテイストをよりモダンでくつろぎ感にあふれたスタイルに仕上げてあり、生活の場としての機能もより現代的なものに。客殿と庫裡で玄関も別に設けて、それぞれの独立性も保てるようにしておきたいというご住職の希望も叶い、伝統とモダンが調和した「庫裡/客殿」が完成した。

数年後に建築予定の本殿については、寺社建築を専門に手がける会社に依頼されたそうだが、一般的に多いのは既存の社寺の改築や建て替えで、一から寺院の全体の計画を依頼するケースは稀だという。住居部分はあえてモダンなものにしたいという希望もあり、餅は餅屋という考えで、本殿に先行して建築される「庫裡/客殿」は、全体の境内の計画も含めて住宅会社にまかせることにされたそうだ。とはいえ、本殿も含めた全体のバランスは、地域の精神的な支柱となる寺院にとって極めて重要な要素であり、単なる住宅とはまた違った難しさがあったことは想像に難くない。幅広い知見と技術が求められ、「必然的にきなりさんになったといってもいいかもしれませんね」とご住職の奥様。
無垢桧の構造とRCの構造が融合したお寺特有の客殿エントランス
土地の形状を活かした建築で、費用も削減
数mある敷地の高低差を建物自体の高低差を利用して緩和
「実は、きなりさんに相談する前に、土地の造成費用で計画がストップしたことがあったんです」。
当初は、所謂住宅メーカーと話を進めていたそうで、設計を依頼して話が具体的になる中で生じた問題が土地の造成費用。建築地は、竹林の残る傾斜地になっており、土地を平らに造成する面積も広く、高低差もかなり高いことなどから、その費用は莫大な金額の見積もりだったそうだ。「さすがに、造成費用だけでそこまでかけるのはどうかと思いまして」と奥様。そこで思い出したのが、和風建築にも強く素敵な家を建ててくれると、以前知人から聞いていたことのあった「きなりの家」だった。

早速訪れた、きなりの家のコンセプトハウスは、「木の意匠が巧みに使われていたり、石積みがふんだんに使われているなど、重厚感があって好みにぴったり」だったという。接客してくれた設計士さんからは、スキップ構造を取り入れることで斜面の工程さをそのまま活かしたプランニングが可能であり、造成費用が最小限に抑えられること、そして高低差そのものが本殿を含めた社寺特有の建物配置の様式に活かせることなど、懸案だった造成問題がかえって長所にも感じられる解決策を提示してもらい、その場できなりの家との家づくりを進めることにされたという。「設計士さんには、私たちの知らなかった知識や様式などもたくさん教えていただきました。畳の敷き方や敷かれた場所ごとに名称があることなど、どれも興味深いお話でした。本当によく勉強されていて、ぜひお任せしたいと思いましたね」。
和室には茶事のための水屋も完備
石張りのある住居用の玄関
竹林を望む多目的スペース
住居用洗面台はモダンな意匠に
細部まで暮らし心地にこだわられたプランニング
「生活感は無くしながらも、暮らしやすい住まいになりました」。
小さなお子さんがいるとは思えないほどスッキリと片付いた住まい。その秘密はどうやら収納にあるようだ。「収納はたくさん造ってもらいました」とおっしゃられるように、玄関横のシューズクローク兼クローゼットをはじめ、適材適所の収納を家の隅々に配置。それに加えて、白物家電など雑多な印象を醸すものを、使い勝手を犠牲にせずに適宜隠せる収納を希望されたそう。キッチンの収納はひとつの壁面のように美しく仕上げられ、生活感を感じさせない。子どもたちの遊び道具は、段差をつけたリビングの畳スペース下の収納が定位置になっていて、自分たちできちんと片付けができるそう。モダンで端正な空間は、自然体の暮らしの中でも美しさを保ちやすいようにプランニングされている。

また、面白いアイデアがいろいろと実現されているのが洗面室。「洗濯カゴを出しておきたくなかったので、旅館や銭湯などの脱衣場で使い終わったタオルを入れるBOXのような造作を再現してもらいました」と奥様。造作収納の一部に投入口が開いており、その中に隠されたカゴに洗濯物が入る構造は、見学に来た知人にもたいへん好評だそうだ。洗面室のベンチも奥様のこだわりポイントのひとつ。ロングヘアの女性にとって、立ちっぱなしで髪を乾かしている時間はつらいもの。ベンチを設けることで腰掛けることもできるし、着替えなどを一時的に置いておける台としても活用できるなど、真似してみたい工夫がいっぱいだ。

もちろん、きなりの家は施主の細かな要望に応えてくれるだけでなく、多くの提案もしてくれたそう。「朝は忙しいので、夜洗濯することが多い」といった生活スタイルに対応し、室内に乾燥室を設置されるなど、家事の手間を減らすための工夫なども非常によく練られている。
人目に触れない住居棟のデザインは落ち着きのあるモダンなテイストに
「VR」で事前に住まいを仮想体験
人目に触れない住居棟のデザインは落ち着きのあるモダンなテイストに
「図面から立体を想像するのが苦手なのでVRは助かりました」。
細部へのこだわりを実現してくれるきなりの家だが、図面だけでは実感しづらいもの。そこで、実物との橋渡しをしてくれるのがVRを使った新居のシミュレーション。「図面では感覚がわからない距離感がつかみやすいのがいいですね」と奥様。実際にVRでの体験を元に、空間を40cm広げた部分もあったそうだ。「目線の位置なども再現できるので、キッチンに立ったときのまわりの見え方なども体感できました。空間だけでなく、色味の確認にもたいへん役立つと思います」とVRが家づくりに大いに役立ったことも語っていただいた。
(取材担当ライター:小玉)
家電の見えないこだわりの収納
断熱格子戸が主玄関で迎える
無垢桧の腰張りが印象的な外観
客殿には二間続きの和室も
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